Zero-Alpha/永澤 護のブログ

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2004.10
プロテスタンティズム・ベンサム・ネオリベラリズム
ーベヴァリッジ社会哲学の系譜

はじめに
 以下に、本論の構成を述べる。本論は、まず、これまでのいくつかの研究成果を
踏まえ、ウィリアム=ベヴァリッジ(以下ベヴァリッジと表記する)の社会哲学の
素描を行うと同時に、彼自身の思想的構えといった視点から社会哲学におけるベ
ヴァリッジの基本的態度の抽出を行う。すなわち、ベヴァリッジの社会哲学(以
下「ベヴァリッジ社会哲学」と表記する)の素描という作業から彼の社会哲学に
おける基本的態度が抽出される。
さらに、この基本的態度を、個々の社会哲学の展開過程を総体的に捉えたもの
としての「社会思想の歴史的コンテクスト」の中で簡潔に位置づける。その際、
社会思想の歴史的コンテクストとして過去と現在及び近未来の二つの方向で焦点
化して位置づける。過去の方向のコンテクストとして、ジェレミ・ベンサム
(1748-1832)の社会哲学を取り上げる。また、現在及び近未来のコンテクストとし
て、ハイエクとフリードマンの社会哲学(新自由主義)を取り上げる。
1. ベヴァリッジ社会哲学―基本的態度の抽出
 周知のように、ベヴァリッジは、『社会保険および関連サービス』(以下「ベヴァ
リッジ報告」と記述する)(注1)において、社会保障の目的を国民全てに対する
ナショナルミニマム(国民的最低限)の保障とし、その基盤を均一拠出・均一給
付の原則による社会保険とした。ここには、「普遍主義」的理念が見られると理解
するのが普通である。しかし、この「普遍主義」をさらに支える土台として、柏
野(注2)は、「ベヴァリッジ自身の自助(自活)原理」を指摘している。すなわち、
この論点に関して、ベヴァリッジ報告は、個人の「行動意欲・機会・責任感・自
発的行動の余地」を重視した「自己責任の論理にもとづく自由主義(的個人主義)」
を奨励している。この点から、ベヴァリッジ社会哲学の自由主義(的個人主義)の
性格が素描され得るし、またそこから彼自身の思想的構えとしても自由主義(的
個人主義)という側面がクローズアップされる。ここにおいては、ベヴァリッジの
「自助(自活)原理」という社会哲学と思想的構えとしての「自由主義(的個人
主義)」が重なり合っている。
 次に、上記の「自助(自活)原理」及び「自由主義(的個人主義)」が想定する
「対象者像」に関して、垣田(注3)の所説を見てみたい。垣田によれば、「ベヴァ
リッジが(社会保険から漏れる者を救済する補完的位置づけを与えられたー引用
者による補足)国民扶助に懲罰的な側面を与えたのは、できる限り扶助の対象と
ならずに賃金(労働)と保険給付によって生計を立てるインセンティブを国民に
付与したかったからである。つまり、扶助を抑止的なものにすることによって、
社会保険に適合的な個人に仕立て上げようとする意図がそこにはあった」とされ
る。こうした理解は、基本的に上述の解釈と整合的であり、彼の社会哲学及び基本
的態度との間に矛盾は見られない。むしろ、我々は、この懲罰的・矯正的な一種
の社会適合主義において、個人の自発性に基づいた自助原理をあくまでも政策上
貫徹しようとする彼の「思想的・倫理的構え(エートス)」としての「基本的態度」
を明確に再確認できるといえよう。
もちろん、ここにおいて自己決定能力に「劣る」あるいは「欠ける」とされた、
言い換えれば、「経済的自立を志向するといった個人像」(注4)から排除される「聾
唖者」・「知的障害者」・「浮浪者」・「道徳に欠けた者」が「国民扶助の対象者」と
されるという「選別主義」(より普遍的には「優生主義」)的社会哲学を見ること
は容易である。だが、この意味での「選別主義(優生主義)」と先の「普遍主義」
の関係を本論では必ずしも「矛盾」とは捉えず、むしろこれら両者の関係性を上
述の「社会思想の歴史的コンテクスト」において位置づけながら論じたい。
 柏野によれば(注5)、個人的な生活史においても、また同時に歴史的社会的背景
においても、ベヴァリッジの社会哲学とその基本的態度を育んだものは「19世紀
資本主義の特徴」としての「「個人主義」と「自由主義」という相関連する概念」
であり、彼は「「自由市場・自由競争」のエートスの洗礼を受けたことは否定でき
ない所であろう」とされる。すなわち、彼はウェーバーのいう「プロテスタンテ
ィズムの倫理と資本主義の精神」の申し子である。だが、基本的には同じこのエ
ートスから発すると言える「社会民主主義」との差異において、「ウェブ夫妻にあ
っては体制変革のためのナショナル・ミニマム政策は、ベヴァリッジにあっては自
由社会の擁護のために提唱されることになる」(注6)。
このように、彼が「体制変革」という発想を排除するのは、個人の自発性それ
自体の国家的統制を全面化することにより、自助原理に従う個人が根絶されてし
まうというリスクを排除しようとしたからである。この意味での「自由社会の擁
護」において、我々は「国家に先立つ個人(自由主義・個人主義)あるいは自由
市場・自由競争のために必要とされる限りでの国家的統制(土地の独占的利用と
私的使用の規制等(注7))」という社会哲学と基本的態度のやや複雑な複合を見る
ことができる。彼が失業を「労働市場における調整の不完全性による需給の不一
致の問題と見なした」という永嶋の主張(注8)もこの論点を裏書しているといえ
るだろう。
 ベヴァリッジ社会哲学の社会思想的コンテクスト
2-1.ジェレミー・ベンサムへの関係性
柏野は、「自由社会を擁護するためには自助原則を基盤としつつ、自由の目的的
抑制が必要とされる。そのことをベンサム主義者は熟知していたのであろうか」
(注9)と述べ、「ベンサム主義者」としてのベヴァリッジ像に注意を促している。
また、坂本は、「ベンサムの考え方によれば、人はより楽しく暮らせるならば働く
必要もなく、相対的に好ましくない状況におかれなければ窮民は減少しない。こ
の考え方の影響を受けて、低賃金でも労働者として自立して生活している人々よ
りも救済を受ける者の生活が悪くなるように新救貧法に取り入れられたのが劣等
処遇の原則である」(注10)と述べている。ここから、「ベンサム社会哲学」によ
って理論的に洗練された「劣等処遇の原則」を上述のベヴァリッジの「自助原則」
が忠実に継承していることが理解できるし、ベヴァリッジ自身「扶助は保険給付
よりも何か望ましくないものであるという感じをいだかせるものでなければなら
ない」と報告の中で述べている。(注11)
 上述のようなベンサムの社会哲学及の流れを汲む社会思想の歴史的コンテクス
トを再確認するために、あらためてベンサム自身の社会哲学を簡潔に見てみたい。
ベンサムと言えば、『道徳と立法の諸原理序説』(1789) (注12)に見られるような、
立法者の任務は国家における幸福の総量をできるだけ増加させることであるとい
う「最大多数の最大幸福」があまりにも著名であるが、近年の研究により、ベンサ
ムが「私的財産権の枠内で弱者や貧困な人々の権利や利益を擁護する立場にたっ
ていたこと(中略)少数者や弱者をも含めて、期待・失望・不安・恐怖等々といっ
た感情や情念が人間にとって大きな役割を果たすこと、そしてとりわけ人間の自
由が「落胆防止」や「期待」の実現に依存することを重視しつつ理論を構築して
いたこと(中略)彼がもっとも重視したのはいうまでもなく「生存」と「安全」で
ある(中略)貧困問題は彼にとって社会の基本に関わる重要問題であった」といっ
た諸点が明らかにされている。(注13) このようなベンサム社会哲学を継承する
歴史的コンテクストにベヴァリッジを位置づけることが重要である。それにより、
上述のベヴァリッジにおける「選別主義」と「普遍主義」の関係を必ずしも「矛
盾」として見るのではなく、むしろ整合的かつ根底的な水準で彼の社会哲学と基
本的態度を同時に読み解くことができる。
2-2. 新自由主義(ネオリベラリズム)への関係性
 「新自由主義(ネオリベラリズム)」は、その今日的(現在及び近未来的)形態
において広く解するなら、「政府からの支出は可能な限り抑制し、基本的には多様
な民間諸主体の自己責任=選択の自由(自由市場における自由競争)において諸
問題に対処する」という社会哲学(同時にこれが基本的な態度となり得る)であ
るが、本章では、上述したベヴァリッジの社会哲学(同時に基本的な態度)との連
関、また一定の整合性をたどれる限りでの社会思想の歴史的コンテクストとして、
以下に田端によるハイエクとフリードマンの所説を紹介したい。
 田端によれば、「ミニマムの保障が何程かの所得再分配の機能を果たすことは否
定されえないであろうが、ハイエクはこれをいわば「社会秩序」を維持するため
の費用(中略)とみなしているのであって、ミニマムの保障を超える所得再分配の
制度は全面的に否定されている。このような立論は、社会保障についての「最低限
保障(safety net)」を主張するものであり、現実の「福祉国家」=社会保障制度に
対してはほぼ全面的に否定的な議論になっているといってよいであろう。ただこ
こで、以上のような立論のゆえに、ハイエクがベヴァリッジのプランに一定の評
価を与えている点は注目してよい」(注14)。また、フリードマンに関しては、「ナ
ショナルミニマムを保障し、かつ私的インセンティブを害しないとされる負の所
得税」(注15)という基本的な政策志向を持つとされる。
 結論として、これまでの議論から、「社会哲学におけるベヴァリッジの基本的態
度」を、最も広くは「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神(エートス)」
を土台として、とりわけベンサムの社会哲学から「新自由主義(ネオリベラリズ
ム)」にまで及ぶヨーロッパの社会思想(自由主義・個人主義)の歴史的コンテク
ストの内に位置づけることができるといえる。ベヴァリッジを読み解く際に我々
が留意すべきことは、「福祉国家(政策)」という照準点を堅持しながらも、同時
に上述した深く広範な知的伝統においてベヴァリッジを正当に位置づけることに
よって、彼の社会哲学・社会思想が内包する可能性を未来に向けて最大限引き出
していくことであろう。
【注】
(注1) Beveridge,W Social Insurance and Allied Services(Beveridge
Report),Cmd6404,1942(山田雄三監訳『ベヴァリッジ報告 社会保険および関連
サービス』至誠堂 1969)
(注2)柏野健三「『社会保険および関連サービス』(ベヴァリッジ報告)における
自助(自活)原理はいかにして確立されたか」岡山商大社会総合研究所報第22
号2001年10月 p.157-167.
(注3)垣田裕介「ベヴァリッジ社会保障計画における対象者像―社会保障の「包
括性原則」との関連に着目して」日本社会福祉学会第49回大会発表(2001年10
月20-21日) http://www.h3.dion.ne.jp/~kakita/report2001.pdf
(注4)同上p.5.
(注5)柏野健三 前掲論文 p.157
(注6)同上p.159.
(注7) 同上
(注8)永嶋信二郎 博士論文「W.H. ベヴァリッジの社会保障論の原点:
1909年失業論の研究を通して」要旨
http://www.soc.hit-u.ac.jp/thesis/doctor/00/summary/nagashima.html p.3.
(注9) 柏野健三 前掲論文 p.158.
(注10)坂本真紀子「イギリスの貧困問題―労働倫理とスティグマー」2001年度
一橋大学社会学部学士論文
http://members.jcom.home.ne.jp/katoa/02sakamoto.htm p.20.
(注11) 同上 p.27.
(注12) An Introduction to the Principles of Morals and Legislation (1789) なお、
http://www.ne.jp/asahi/village/good/bentham.htmlに要約がある。
(注13) http://www2.chuo-u.ac.jp/library/bentham/
(注14) 田端博邦「福祉国家論の現在」
『転換期の福祉国家』東京大学社会科学研究所編 東京大学出版会1988年 p.38.
(注15) 同上p.42.
      
【参考文献・参考資料】
Beveridge,W Social Insurance and Allied Services(Beveridge
Report),Cmd6404,1942(山田雄三監訳『ベヴァリッジ報告 社会保険および関連
サービス』至誠堂 1969)
『英国社会福祉政策の発達』柏野健三著 西日本法規出版2003年
『社会政策の歴史と理論』柏野健三著 西日本法規出版 1997年
『福祉国家の父 ベヴァリッジ その生涯と社会福祉政策』(上)
ジョゼ・ハリス著(柏野健三訳)西日本法規出版 2003年
『社会福祉学一般理論の系譜-英国のモデルに学ぶー』岡田藤太郎著 
相川書房1995年
『新版社会福祉士養成講座1社会福祉原論』福祉士養成講座編集委員会 
中央法規 2003年
柏野健三「『社会保険および関連サービス』(ベヴァリッジ報告)における
自助(自活)原理はいかにして確立されたか」岡山商大社会総合研究所報第22
号2001年10月
垣田裕介「ベヴァリッジ社会保障計画における対象者像―社会保障の「包括性原
則」との関連に着目して」日本社会福祉学会第49回大会発表(2001年10月20-21
日) http://www.h3.dion.ne.jp/~kakita/report2001.pdf
永嶋信二郎 博士論文「W.H. ベヴァリッジの社会保障論の原点:
1909年失業論の研究を通して」要旨
http://www.soc.hit-u.ac.jp/thesis/doctor/00/summary/nagashima.html
坂本真紀子「イギリスの貧困問題―労働倫理とスティグマー」2001年度一橋大学
社会学部学士論文
田端博邦「福祉国家論の現在」
『転換期の福祉国家』東京大学社会科学研究所編 東京大学出版会1988年
http://members.jcom.home.ne.jp/katoa/02sakamoto.htm
www.nsu.ac.jp/econ/staff/komine/hope/entry0210.pdf
http://www2.chuo-u.ac.jp/library/bentham/
http://www.ne.jp/asahi/village/good/bentham.html
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2004.10
事例分析:エコロジカル・システム・アプローチと
Psychosocial Modelの接合
(Modified Version)

はじめにー事例分析の視点としての実践モデルと主要概念について
 以下に行う事例分析においては、事例1を選択する。また、分析の枠組みとなる
実践モデルとして、エコロジカル・システム・アプローチを基盤とした
Psychosocial Modelを使用し、この意味でのPsychosocial Modelの枠組による
分析を行う。その際、分析の枠組を、『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・シ
ステム・アプローチー』において示されたアセスメントの定義を参照して、以下
のように構成する。(注1) 
(1)クライエントの持っている問題の属性
(2)クライエントの問題対処能力
(3)クライエントの問題に関連している諸システム及びそれとクライエントとの
相互作用の資質
(4)問題解決または軽減に必要な資源
(5)クライエントの問題解決への意欲
 以下の論述においては、基礎的なPsychosocial ModelとしてF.ホリスのModel
の主要概念を説明した上で、上記枠組による事例分析を行う。分析においては、
Psychosocial Modelの主要概念と分析対象である「クライエント・システム」(以
下「クライエント」)との関連性が述べられる。ただし、F.ホリスの主要概念は、
精神分析を基盤とする精神療法それ自体に近い治療過程をも含む「処置(介入)
方法」に関わるため、「クライエント・システム」との関連性の指摘は、必ずしも
すべての主要概念に関する体系的・包括的なものにはならない。(注2)
F.ホリスによるPsychosocial Modelの主要概念
 ホリスは、社会環境と個人の相互作用としてのエコロジカル・システム(クラ
イエント・システム)を、「環境としての人(environmental person)」および「人
と状況の全体関連性(person-situation configuration)」という基本的な概念に
よって具体的にとらえようとした。その上で、こうしたクライエント・システム
への介入方法を、「直接的処置法(direct treatment)」と「間接的・環境的処置法
(indirect・environmental treatment)」に分け、前者を、(1)持続的支持手続(共
感的傾聴・受容・援助意欲の表明・信頼感の表明・再保証の表明)、(2)直接的指
示手続(示唆・助言・賛意・強調・主張・介入)、(3)カタルシス(浄化法・換気
法 ventilation)、(4)現在の状況とそれに対するクライエントの応答、状況と応
答の相互作用の性質についての反省的話し合い、(5)応答の型や傾向の力学につい
ての反省的話し合い、(6)応答の型や傾向の発生的要因についての反省的話し合い
に分け、また、後者を、上記の(1)から(4)および(5)「施設自体の資源、あるいは
地域社会のその他の社会資源の動員を通じて提供される環境上のサービス(経済
的扶助や訪問家庭奉仕員など)」に分けた。
ホリスによれば、「どの処置のケースでも、全体としては、以上のべた処置手続
の全部、あるいは、数種の組合せ(常に変動する)」と考えることができ、各々の
ケースにおける組合せの様態は、ケースの個別化に対応して決まることになる。
(注3) 以下の論述においては、これら諸概念とクライエントとの関連性に留意し
ながら分析を行なう。
Psychosocial Modelの枠組みによる本事例の分析
(1) クライエントの持っている問題の属性
本論では、「クライエント」として、山田一男を選択する。すなわち、本論では、
山田一男(以下「クライエント」)を、本事例において分析し介入すべき主たる対
象であるとする。クライエントは、48歳男性であり、「最近まで過去25年間勤務
した中堅保険会社の部長補佐だった」が、突然「リストラの通告を受けることに
なった」。本事例の記述によれば、クライエントにとって、このリストラの通告に
よって「自分の社会的アイデンティティを失うこと(中略)が最も苦痛なことであ
った」。本事例におけるクライエント主要問題は、リストラの通告という出来事に
遭遇することから生じたこの「自分の社会的アイデンティティの喪失」という事
態そのものであり、本事例に記述されているクライエントの様々な問題は、すべ
てこの根底に存する問題から派生したものであるといえる。 
このように、本事例においてクライエントが持っている「自分の社会的アイデ
ンティティの喪失」という「問題の属性」はとりわけ心理社会的なものである。
言い換えれば、ここでの「社会的アイデンティティ」とは、ホリスのいう「人と
状況の全体関連性」の内にある「環境としての人」という「社会的位置・役割」
を意味するといえる。クライエントは、唯一の職場として「今まで週末日までも返
上し献身的に働いてきた」会社によってリストラされたことになる。それだけに
「会社の自分に対する裏切り行為」が、「苦痛に感じたこと」となり、強度の心理
社会的ストレスになった。ここでクライエントが必要としているものは、こうし
た状況への適応能力を獲得するために必要なエンパワメントであるが、まずはこ
の分析の段階では、ホリスの「直接的処置法」の「持続的支持手続」のうち、と
くに「共感的傾聴・受容」がなされる必要がある。
(2)クライエントの問題対処能力
 現時点では、クライエントは、問題解決に必要とされる対処能力を十分に持ち合
わせていなかったといえる。クライエントには、「焦燥感と恐怖感にちかい不安感
の増大」、「不眠」、「自分自身に対する嫌悪感と自信喪失による苦悩」、「食欲減
退」、「希死念慮」(「このまま死んでしまったほうがよいのではないか」)といっ
た典型的な抑うつ症状が見られ、さらには現時点ですでに「うつ病」を発症して
いる可能性が非常に高い。また、とくに「自分の周りで楽しそうに会話をしてい
る人々も、周りの騒音もなにか自分の意識の外で起っているように感じられるよ
うになってきた」という状態は、突然のリストラという外傷体験がもたらした解離
症状であり、この時点でクライエントが「うつ状態」(または「うつ病」)のみな
らず、「急性ストレス障害(Acute Stress Disorder)」に陥っている可能性も排除で
きない。(注4) 分析のこの段階では、持続的支持手続として共感的傾聴・受容
を続けながら、さらに「援助意欲の表明・信頼感の表明」を行なう必要がある。
 また、家族メンバー(妻子)の問題対処能力に関しては、クライエントのリスト
ラの告知に対して「妻子は驚愕と将来に対する不安感が混じった強い反応を示し
た(中略)この夜家族は沈黙のうちに夕食をすますことをした」こと、また「以前
からあまり夫婦間で率直に自分の感情を打ち開けることをしなかった理由によっ
て、正直に自分の気持ちを妻に打ち明けることができなかった」ことが注目され
る。問題に対処する際に要求される(励まし合うなどの)コミュニケーションが
日頃から十分に行われていたとは言い難い。この点から見ても、家族メンバーの問
題対処能力は低い。この分析結果から、上記「持続的支持手続」は、クライエン
トに対して他者とのコミュニケーションへの信頼を回復させる効果を目指したも
のと位置づけることができる。
(3)クライエントの問題に関連している諸システム及びそれとクライエントと
の相互作用の資質
クライエントの問題に関連している主なシステムとして、1.妻子、2.職場環境
としての会社、3.大学時代の友人を挙げることができる。これらシステムとクラ
イエントとの相互作用の資質に関しては、1については、クライエントとのコミュ
ニケーションまたは対話が自己防衛的であり不十分であった。そのためクライエ
ントの外傷体験に対して、心理社会的な安全感が供給されなかった。このことが
クライエントの喪失感を強化し、うつ状態(または「うつ病」)をもたらしたと考
えられる。とくに夫婦間のコミュニケーションのあり方に関しては、「以前からあ
まり夫婦間で率直に自分の感情を打ち開けることをしなかった」という自覚があ
るにもかかわらず、「互いに以前と同じような形の関係を保つ努力をしていた」と
ある。こうした希薄なコミュニケーションのあり方がシステムの機能不全につな
がっている。
2に関しては、クライエントは、会社に対してこれまで一貫して従属的であり、
柔軟さや多様性に欠いていた。こうしたシステムとの相互作用の資質によって、
リストラによる「社会的アイデンティティの喪失」がクライエントにとっての強
度のストレスにつながったといえる。
以上1,2との相互作用の資質をテーマ化する「直接的処置法」において、(4)
現在の状況とそれに対するクライエントの応答、状況と応答の相互作用の性質に
ついての反省的話し合いを行なっていき、さらに(5)応答の型や傾向の力学につい
ての反省的話し合いや(6)応答の型や傾向の発生的要因についての反省的話し合
いへと進んでいくことが必要である。これによって、クライエントと妻や会社と
の関係に内在する問題をクライエントに対して明確化し、「状況と応答の相互作
用」においてクライエントが抱える感情を表出させた段階で「再保証の表明」を
行なう。このように、状況に対するクライエントの応答の型や傾向の発生的要因
についての反省的話し合いが進行することによって問題がクライエント自身に明
確になることで、方法的な「カタルシス(catharsis)」の実現としての「浄化法・
換気法(ventilation)」が可能になる。
3の大学時代の友人は、クライエントにとっての現時点での唯一の有効な社会
的資源への仲介者である。何よりもクライエントにとって「自由に(中略)自分の
状況の一部始終を打ち明け」、信頼できる他者がその「話をよく聴いてくれる」と
いう経験が必要であるが、3とクライエントとの相互作用の資質はまさにそのよ
うな経験をもたらすものであった。また、クライエントのうつ状態(または「う
つ病」)の治療が早期に必要であるが、3との相互作用の結果、適切な臨床ソーシ
ャルワーカーのX氏がクライエントに紹介され、クライエントがX氏にコンタク
トを取るに到ったことからも相互作用の資質がきわめて良質なものであったとい
える。以上から、友人による援助・介入は、クライエントにとって、「直接的処置
法」の(1)持続的支持手続(共感的傾聴・受容・援助意欲の表明・信頼感の表明・
再保証の表明)、(2)直接的指示手続(とくに示唆・助言)および(3)(精神分析的
な強力な「解釈」を含まない)カタルシス(浄化法・換気法)および「間接的・
環境的処置法」としての「施設自体の資源、あるいは地域社会のその他の社会資
源の動員を通じて提供される環境上のサービス」への仲介という処置手続の「組
合せ」としてとらえることができる。
(4)問題解決または軽減に必要な資源
本事例では、一次的な支援として、うつ状態(または「うつ病」)を治療するこ
とが必要であり、その後社会的適応を促す支援を行うことが望ましい。そこで(3)
で述べたカウンセリングが必要になる。また、カウンセリングと並行して、リスト
ラ等により適応障害に陥った人々によるセルフヘルプグループに参加することも
必要な資源となる。治療の予後が良好であった場合の二次的支援としては、クライ
エントの適性に応じた再就労に関する情報の提供が必要である。再就労に関して
は、これまでとは異なる職種がターゲットになる可能性が高いので、NPO等が運営
する社会復帰コーディネーターやジョブコーチによる支援が望ましい。このよう
に、本事例においては、直接的処置と接的処置を組合せる支援が不可欠である。
(5)クライエントの問題解決への意欲
 うつ症状の悪化により、上述の大学時代の友人に偶然出会うまでは問題解決へ
の意欲は消失しかかっていた。しかし、友人に出会い支援を受けてからは自発的
に臨床ソーシャルワーカーにアポイントメントをとるなど問題解決への意欲が回
復している。意欲の喪失は、自己・他者・社会に対する基本的信頼が崩れたことに
起因する。従って、クライエントが意欲を取り戻せたのは、「信頼できる他者との
出会い」という経験が新たに形成した「人と状況の全体関連性」によるといえる。
(注5)
【注】
(注1) 『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチ』 
平山 尚他著 ミネルヴァ書房 1998.p.38-39. なお、本事例において、エコロ
ジカル・システム・アプローチを基盤としたPsychosocial Modelによって分析し
介入すべき主たる対象を「クライエント・システム」(本論においては「クライエ
ント」と表記する)と呼ぶ。
(注2) 『ケースワーク 心理社会療法』F.ホリス著 岩崎学術出版社 1966年 を
参照。
(注3) ホリス、前掲書 p.97.
(注4) ただし、DSM-4以降の診断基準に従えば、第1軸の「A・患者は、以下の2
つがともに認められる外傷的な出来事に暴露されたことがある
(1)実際にまたは危うく死ぬまたは重傷を負うような出来事を、1度または数度、
または自分または他人の身体の保全に迫る危険を、患者が体験し、目撃し、ま
たは直面した
(2)患者の反応は強い恐怖、無力感または戦慄に関するものである」を満たす
ことが必要になる。また、大学時代の友人との出会いによってかなり意欲が回復
したことから、本事例は該当例とはならない可能性も高い。だが、厳密にこの基
準を満たすかどうかとは別に、この時点でクライエントが急性のストレスによる
障害を示していることは間違いない。
(注5) 既述のように、クライエントの意欲の回復にとって最も効果的であったの
は、大学時代の友人に自由に自分の状況の一部始終を打ち明けることができ、友人
がその話をよく聴いてくれたという経験である。それが可能になったのも、「この
友人も3年前にリストラにあって」おり、クライエントが「自分の今の境遇に似
通っていることもあってこの友人には自由に話す気に」なったからである。すな
わち、この友人とクライエントの関係がセルフヘルプグループ機能を持ったと言
える。ここに、セルフヘルプグループの社会資源としての有効性が間接的な形で
示されている。

【主要参考文献】
『社会福祉実践の新潮流―エコロジカル・システム・アプローチ』 
平山尚他著 ミネルヴァ書房
『ケースワーク 心理社会療法』F.ホリス著 岩崎学術出版社 1966年
『ソーシャル・ケースワーク論 社会福祉実践の基礎』 大塚達雄他編著 
ミネルヴァ書房 2000年
『ソーシャルワーク・アセスメント 利用者の理解と問題の把握』
J.ミルナー/P.オバーン著 ミネルヴァ書房 2001年
『エコロジカルソーシャルワーク』カレル・ジャーメイン他著 学苑社1992年
『ソーシャルワーク倫理ハンドブック』日本ソーシャルワーク協会著
中央法規1999年
『ソーシャル・ケースワークー問題解決の過程』H.H.パールマン著
全国社会福祉協議会 1967年
『対人援助の技法―「曖昧さ」から「柔軟さ・自在さ」へ』 尾崎新著
誠信書房 1998年
『社会福祉士実践事例集』日本社会福祉士会編 2000年
『ジェネラリスト・ソーシャルワーク研究』佐藤豊道著 川島書店 2001年
『精神障害者のためのケースマネジメント』チャールズ.A.ラップ著
金剛出版1999年
『ケースワークの原則(新訳版)―援助関係を形成する技法―』
F.P.バイステック著 誠信書房1996年
『リバーマン 実践的精神科リハビリテーション』R.P.リバーマン著 
創造出版1999年
『ライフサイクル その完結』E.H.エリクソン/J.M.エリクソン著
みすず書房2002年
『精神の生態学(改訂第二版)』グレゴリー・ベイトソン著 新思索社 2000年
『追補 精神科診断面接のコツ』神田橋條冶著 岩崎学術出版 1995年
『精神療法のコツ』神田橋條冶著 岩崎学術出版 1990年
『「家族」という名の孤独』斎藤学著 講談社 2001年
『対象喪失―悲しむということ』小此木啓吾著 中央公論新社 1979年
『心の臨床家のための必携精神医学ハンドブック』
小此木啓吾他編著 創元社 1998年
『新版 精神医学事典』加藤正明他編 弘文堂 1993年
『DSM-4-TR精神疾患の分類と診断の手引』アメリカ精神医学会
医学書院 2003年
「新しいソーシャルワークの考え方―Evidence based practice(EBP)」平山尚
(講演草稿)
William J.Reid & Anne E.Fortune.The Task-Centered Model In A.Roberts
and G.Greene,Social Workers'Desk Reference,Oxford U.Press.2002,101-104.
Alex Gitterman.The Life Model In A.Roberts and G.Greene,Social
Workers'Desk Reference,Oxford U.Press.2002, 105-108.
Bruce A.Thyer.Principles of Evidence-Based Practice and Treatment
Development. In A.Roberts and G.Greene,Social Workers'Desk
Reference,Oxford U.Press.2002, 739-742..
Aaron Rosen & Enola K.Procter.The Role of Replicable and Appropriate
Interventions,Outcomes,and Practice Guidelines. In A.Roberts and
G.Greene,Social Workers'Desk Reference,Oxford U.Press.2002, 743-747.
「危機介入の評価」伊藤弘人 『精神医学』Vol.46.No.6.2004.


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